「もうにっちもさっちもいかなくて…」なんて、困った時につい口から出てしまう言葉ですよね。でも、ちょっと待ってください。この「にっちもさっちも」って、よく考えると不思議な響きだと思いませんか?「にっち」って何?「さっち」って何?実は、この言葉には江戸時代の庶民の遊び心がギュッと詰まった、とっても面白い歴史が隠されているのです。今日は私、やよいと一緒に、この謎めいた言葉の正体を探っていきましょう!
「にっちもさっちも」って、そもそも何なの?語源の謎に迫る!
江戸時代の算盤(そろばん)から生まれた言葉だった!
「にっちもさっちも」の正体、実は江戸時代の算盤用語から来ているんです。びっくりしますよね!算盤といえば、今でも習字教室と並んで習い事の定番ですが、江戸時代は商売人にとって必須のアイテムでした。この「にっち」と「さっち」は、算盤の専門用語である「二進(にっち)」と「三進(さっち)」から来ているのです。二進とは「2で割ること」、三進とは「3で割ること」を意味していました。当時の商売では、掛け算や割り算が日常茶飯事。特に両替商や呉服屋では、複雑な計算が求められたんですね。
江戸時代の算盤は、現代のものとは少し違っていました。上の珠が2つあるタイプもあったそうですよ。商人たちは、朝から晩まで算盤をパチパチと弾いて計算していました。その中で「二進も三進も」という表現が生まれたのです。これは文字通り「2で割ることも3で割ることもできない」という意味。つまり、どうやっても割り切れない、計算が進まない状況を指していたんですね。商売人にとって、計算が進まないというのは大問題。取引が成立しない、商売が前に進まないという切実な状況を表現する言葉として使われ始めたのです。
面白いのは、なぜ「二進」と「三進」なのか、という点です。実は2と3という数字は、算数の世界では特別な意味を持っています。2と3は最も小さい素数であり、多くの数を割り切るための基本となる数なんですね。つまり、この2つの数で割れないということは、もうどうしようもない状態を象徴していたわけです。江戸の商人たちの数学的センスが光る表現だと思いませんか?まさに、実用的な知恵と言葉遊びが融合した、江戸っ子らしいウィットに富んだ表現なのです。
なぜ「にっちん」「さっちん」じゃなくて「にっち」「さっち」なの?
ここで疑問が湧いてきませんか?正式には「二進(にっしん)」「三進(さんしん)」と読むのが普通なのに、なぜ「にっち」「さっち」という独特の言い方になったのでしょうか。これには江戸の庶民の言葉の特徴が関係しているのです。江戸時代、特に江戸の町では、言葉を短く、リズミカルに言い換える文化が根付いていました。これを「江戸言葉」や「べらんめえ調」と呼ぶこともあります。長い言葉を短くして、テンポよく喋るのが粋だとされていたんですね。
「二進(にっしん)」が「にっち」に、「三進(さんしん)」が「さっち」になったのは、まさにこの江戸っ子気質の表れです。「しん」という音を「ち」に変えることで、語呂も良くなり、言いやすくなりました。さらに「にっちもさっちも」と続けて言うと、なんだかリズミカルで覚えやすいですよね。これは「駄洒落(だじゃれ)」や「地口(じぐち)」と呼ばれる言葉遊びが大好きだった江戸庶民の感性が生み出した表現なのです。実用的な専門用語が、庶民の口に乗りやすいように変化していく過程は、とても興味深いものがあります。
また、江戸時代の話し言葉では「促音便(そくおんびん)」という音の変化がよく起こりました。これは言葉の途中に小さい「っ」が入る現象です。「にっち」「さっち」という表現も、この促音便の影響を受けているとも考えられます。言葉というのは生き物で、人々の口から口へと伝わる中で、より言いやすく、より印象的な形に変化していくものなのです。「にっちもさっちも」という言葉は、まさに江戸庶民の言語センスの結晶といえるでしょう。こうした変化があったからこそ、現代まで生き残ることができたのかもしれませんね。
他にも似た表現があった?江戸の算盤ワールド
実は「にっちもさっちも」以外にも、算盤から生まれた表現はいくつかあるんですよ。例えば「算盤が合う」「算盤を弾く」といった言葉は今でも使いますよね。「算盤が合う」は「損得が釣り合う」という意味で、「算盤を弾く」は「計算する」だけでなく「打算的に考える」という意味でも使われます。江戸時代の商人文化が、いかに私たちの言葉に深く根付いているかがわかります。商売は単なるお金のやり取りではなく、人間関係や信用も含めた総合的な営みでした。だからこそ、算盤にまつわる言葉には、人生の知恵が込められているのです。
さらに興味深いのは「ご破算(ごわさん)」という言葉。これも算盤用語です。算盤の珠をすべて払って計算をゼロに戻すことを「ご破算」と言いました。そこから転じて「すべて無しにする」「最初からやり直す」という意味で使われるようになったんですね。江戸時代の寺子屋では、算盤の授業で「ご破算で願いましては〜」という掛け声をかけていました。これは算盤の珠を払う時の決まり文句だったんです。今でも落語などでこのフレーズを聞くことがありますよね。
このように、算盤という道具一つから、実にたくさんの日本語表現が生まれているのです。「はじき出す」という言葉も、算盤の珠を弾いて計算結果を出すことから来ています。「玉が悪い」といえば「運が悪い」という意味ですが、これも算盤の珠の動きが悪いことに由来するという説があります。江戸時代の人々にとって、算盤は単なる計算道具ではなく、暮らしに密着した文化の一部だったのですね。だからこそ、算盤にまつわる表現が、これほど豊かに発展したのでしょう。

おじいちゃん、「にっちもさっちも」って算盤の言葉だったなんて、全然知らなかったの!江戸時代の人って、こういう言葉遊びが上手だったのね。

そうじゃのぉ。江戸の商人は朝から晩まで算盤を弾いておったから、自然と算盤の言葉が日常に溶け込んでいったんじゃ。「二進も三進も行かない」というのは、どんな計算方法を試してもダメという、まさに八方塞がりの状態を表しておるんじゃよ。
さて、語源がわかったところで、次はこの言葉がどのように変化していったのか見ていきましょう。
時代と共に変わる「にっちもさっちも」!用法の変遷をたどる
江戸時代:商人の実務用語から庶民の口語へ
「にっちもさっちも」という表現は、江戸時代初期には主に商人の間で使われる専門用語でした。大店(おおだな)と呼ばれる大きな商家では、番頭や手代といった従業員が毎日のように複雑な計算をしていました。両替商では通貨の換算、呉服屋では反物の値段計算など、算盤は欠かせない道具だったのです。そんな環境の中で「二進も三進も行かない」という表現が、商人たちの共通言語として定着していきました。特に困難な取引や、利益が出せない商売の場面で使われていたようです。
しかし、江戸時代中期になると、この言葉は商人だけのものではなくなっていきます。江戸は当時、世界でも有数の大都市でした。人口100万人を超える大都会には、さまざまな職業の人々が暮らしていました。商人と庶民の交流も盛んで、商家の言葉が自然と町中に広がっていったのです。特に江戸っ子たちは、新しい言葉や流行に敏感でした。「にっちもさっちも」という響きの面白さ、そして「どうしようもない状況」を表す便利さから、一般庶民の間でも使われるようになっていったのです。
江戸時代後期の文学作品にも、この表現が登場するようになります。滑稽本や洒落本といった庶民向けの娯楽読み物には、当時の話し言葉がそのまま反映されています。これらの作品を読むと、「にっちもさっちも」が日常会話の中で自然に使われていた様子がわかるんですよ。落語の世界でも、この表現はよく使われました。特に「商家もの」と呼ばれる、商人を主人公にした落語では頻繁に登場します。落語「始末の極意」や「算段の平兵衛」などでは、お金に困った登場人物が「にっちもさっちもいかねぇ」と嘆く場面が出てきます。こうして、商人の専門用語だった言葉が、江戸庶民の生活に深く根付いていったのです。
明治・大正時代:標準語として全国へ広がる
明治時代になると、日本は大きな変革期を迎えます。江戸から東京への改称、そして標準語の制定など、言葉の世界にも変化が訪れました。「にっちもさっちも」という表現は、江戸の言葉として全国に広まっていきます。興味深いのは、この時期に出版された国語辞典や慣用句辞典に「にっちもさっちも」が収録され始めたことです。口語表現だったものが、正式に認められた日本語の一部として記録されるようになったんですね。これは言葉の歴史において、とても重要な転換点でした。
明治時代の新聞や雑誌を見ると、「にっちもさっちも」という表現がかなり頻繁に使われていることがわかります。特に経済記事や社会面で「にっちもさっちも行かない状況」といった使い方がされていました。明治の日本は近代化の波に乗りながらも、多くの社会問題を抱えていました。そうした困難な状況を表現するのに、この言葉がぴったりだったのでしょう。また、文豪たちの作品にも登場するようになります。夏目漱石の小説にも、似たような表現が見られますし、樋口一葉の作品では貧しい人々の苦境を描く際に使われています。
大正時代になると、「にっちもさっちも」はすっかり全国共通の慣用句として定着しました。この頃には、算盤用語だったという語源を知らない人も増えていたようです。言葉というのは面白いもので、語源が忘れられても、その便利さゆえに使い続けられることがあるんですね。大正デモクラシーの時代、民衆の声を代弁する言葉として、この表現はますます重宝されました。新聞の投書欄や、政治評論の記事などでも頻繁に使われるようになったのです。庶民の生活感覚を表現する言葉として、時代を超えて生き続けていたのですね。
昭和から現代:メディアで広がる慣用表現
昭和時代に入ると、ラジオやテレビといった新しいメディアが登場します。これが「にっちもさっちも」という言葉をさらに広める役割を果たしました。ラジオドラマやテレビドラマで、困った状況を表現する時に使われたんですね。特に時代劇では、江戸の雰囲気を出すために積極的に使われました。「水戸黄門」や「遠山の金さん」といった人気時代劇では、悪徳商人や困った庶民が「にっちもさっちもいかねぇ」と言う場面がよく出てきます。こうしてお茶の間に親しまれる言葉となったのです。
昭和後期から平成にかけては、バラエティ番組やトーク番組でも使われるようになりました。お笑い芸人の方々が、面白おかしく失敗談を語る時に「もうにっちもさっちもいかなくなってね」なんて言うシーンを見たことがある人も多いのではないでしょうか。また、ビジネスの現場でも使われ続けています。会議で「この企画は予算的ににっちもさっちもいきませんね」といった使い方をすることもあります。江戸時代の商人の言葉が、現代のビジネスマンにも受け継がれているなんて、なんだか素敵な話だと思いませんか?
令和の時代になった今でも、この言葉は健在です。SNSやブログでも「にっちもさっちも」という表現を見かけることがあります。若い世代の中には、語源を知らずに使っている人も多いでしょう。でも、それでいいのです。言葉は時代と共に変化し、形を変えながら生き続けるもの。大切なのは、その言葉が持つ「どうしようもない状況」を表現する力が、今も変わらず私たちに必要とされているということなのです。江戸時代から令和まで、約300年以上も使われ続けているこの表現は、まさに日本語の生命力を示す好例といえるでしょう。

300年以上も使われ続けているなんてすごいの!テレビドラマで聞いたことあると思ってたけど、まさか江戸時代から続いてる言葉だったなんてびっくりなの。

言葉というのは生き物じゃからのぉ。時代と共に姿を変えながら、本当に必要な言葉だけが生き残るんじゃ。「にっちもさっちも」が今も使われるのは、それだけ人間が困る状況というのは、いつの時代も変わらんということじゃよ。
では次に、この言葉が生まれた背景にある江戸時代の商業文化について、もう少し深く見ていきましょう。
江戸の商人文化と算盤!「にっちもさっちも」が生まれた歴史背景
江戸時代の商業革命!算盤が必須アイテムだった理由
江戸時代は、日本史上でも特筆すべき商業の発展期でした。徳川幕府による平和な時代が続いたことで、経済活動が飛躍的に発展したのです。特に「天下の台所」と呼ばれた大坂(現在の大阪)と、政治の中心地である江戸では、活発な商取引が行われていました。この時代の商人たちは、単に物を売買するだけでなく、複雑な金融取引や先物取引まで行っていたんですよ。そんな高度な商業活動を支えていたのが、算盤という計算道具だったのです。驚くべきことに、当時の日本の商業システムは、世界的に見ても非常に先進的でした。
江戸時代の算盤は、中国から伝わった道具を日本流に改良したものでした。室町時代に伝来した算盤は、江戸時代になると爆発的に普及します。寺子屋では「読み書き算盤」として、子供たちに必ず教えられる基礎教養でした。当時の識字率と計算能力の高さは、同時代のヨーロッパ諸国と比べても遜色ないレベルだったといわれています。商家では、奉公人として働く若者たちに徹底的に算盤を叩き込みました。朝早くから夜遅くまで、パチパチと算盤を弾く音が商家に響いていたのです。そんな環境だからこそ、算盤用語が日常会話に入り込んでいったんですね。
特に両替商では、算盤の技術が商売の命でした。江戸時代には、金貨、銀貨、銅銭と複数の通貨が流通していて、それぞれの交換レートは日々変動していました。「一両は何匁(もんめ)の銀か」「何文(もん)の銭か」といった換算を瞬時に行う必要があったのです。これは現代の外貨両替と似たような複雑さですよね。さらに、地域によって通貨の価値も微妙に違っていました。大坂と江戸では銀貨の価値が異なることもあったんですよ。こうした複雑な計算を、電卓もコンピューターもない時代に、算盤だけで行っていた江戸の商人たちの能力には本当に驚かされます。
「士農工商」の時代に花開いた商人の知恵
江戸時代の身分制度といえば「士農工商」が有名ですよね。武士が一番上で、商人は一番下という序列です。でも実際には、経済力を持った商人たちの影響力は絶大でした。特に大坂の豪商や江戸の大店の主人たちは、大名さえも頭を下げるほどの財力を持っていたのです。「武士は食わねど高楊枝」と言われた一方で、商人たちは「算盤を持った武士」として、経済の世界で戦っていました。彼らの武器は刀ではなく算盤だったのです。そして、その算盤から生まれた言葉が「にっちもさっちも」だったというのは、なんとも象徴的な話ですよね。
江戸時代の商人には独特の倫理観がありました。「近江商人」の「三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」という考え方は有名ですね。また「大坂商人」は「始末(倹約)」を美徳としました。こうした商人哲学の中で、算盤は単なる計算道具ではなく、商売の道理を体現するものとして大切にされていました。「算盤に合わない」商売はしない、つまり採算が取れない取引はしないという意味ですが、同時に「道理に合わない」商売もしないという倫理観も含まれていたのです。商人の知恵と誠実さが、算盤という道具に込められていたんですね。
面白いエピソードがあります。江戸時代後期の豪商、三井家の記録によると、奉公人の採用試験では算盤の腕前が最重要視されたそうです。どんなに人柄が良くても、算盤が下手では採用されませんでした。逆に、算盤の名人と呼ばれた人物は、商家から引く手あまただったといいます。現代でいえば、プログラミングができるエンジニアが重宝されるような感覚でしょうか。算盤の達人たちは、まさに江戸時代のスペシャリストだったのです。そんな算盤文化の中から「にっちもさっちも」という表現が生まれたと思うと、この言葉の重みが違って感じられますよね。
落語や歌舞伎に見る商人の姿と「にっちもさっちも」
江戸時代の庶民文化を知る上で欠かせないのが、落語と歌舞伎です。これらの芸能には、当時の商人たちの生活がリアルに描かれています。落語の中には「商家もの」というジャンルがあって、商人を主人公にした話がたくさんあるんですよ。「始末の極意」「算段の平兵衛」「質屋蔵」など、お金や商売にまつわる噺(はなし)では、算盤が重要な小道具として登場します。そして、困った状況を表現する時に「にっちもさっちもいかねぇ」という台詞が出てくるのです。落語家の名人たちは、この言葉を絶妙のタイミングで使って、観客を笑わせてきました。
歌舞伎でも商人の世界は人気の題材でした。特に「世話物」と呼ばれる庶民の生活を描いた演目では、商家の番頭や手代が活躍します。近松門左衛門の「心中天網島」や「冥途の飛脚」といった名作には、商人の苦悩や葛藤が描かれています。お金に困った主人公が、どうにもこうにも身動きが取れなくなる様子は、まさに「にっちもさっちも」の状態です。江戸の観客たちは、舞台上の商人たちの姿に自分たちの生活を重ね合わせて見ていたのでしょう。こうした娯楽を通じて、算盤用語だった「にっちもさっちも」が、庶民の共通言語として広まっていったのです。
また、江戸時代の文学作品にも注目です。井原西鶴の「日本永代蔵」や「世間胸算用」といった作品は、商人の成功と失敗を描いた物語集です。これらの作品には、商売の知恵や教訓がたっぷり詰まっています。算盤の使い方、商売の駆け引き、そして失敗した時の言い訳まで、実にリアルに描かれているんですよ。西鶴は大坂の商人の息子として育ったため、商人の世界を熟知していました。彼の作品を読むと、江戸時代の商人がいかに算盤を大切にしていたかがよくわかります。文学作品に残された言葉の数々が、後世に語源の手がかりを残してくれているのです。

おじいちゃん、落語や歌舞伎で使われてたから広まったっていうのは面白いの!今でいうテレビドラマやYouTubeみたいな役割だったのね。

その通りじゃ!江戸時代の娯楽は、言葉を広める大きな役割を果たしておったんじゃのぉ。落語なんかは、江戸から明治、大正、昭和と受け継がれてきたから、古い言葉が今も生きておるんじゃよ。文化の力というのは偉大じゃのぉ。
さて、江戸の商人文化を見てきましたが、次は現代での使われ方をもっと詳しく見ていきましょう。
現代の「にっちもさっちも」!今どんな場面で使われているの?
ビジネスシーンでの「にっちもさっちも」
現代のビジネスの世界でも「にっちもさっちも」は現役の表現です。会議室で「この案件、予算的ににっちもさっちもいきませんね」なんて言葉を聞いたことがある人もいるのではないでしょうか。面白いことに、江戸時代の商人が算盤を前に困っていた状況と、現代のビジネスマンがパソコンの前で頭を抱える状況は、本質的には変わっていないのです。数字が合わない、予算が足りない、計画が行き詰まる――そんな八方塞がりの状態を表現するのに、この言葉はぴったりなんですね。江戸の商人の魂が、現代のオフィスにも息づいているといえるでしょう。
特に経理部門や財務部門では、この表現がよく使われます。「今月の収支がにっちもさっちもいかない」といった使い方です。また、プロジェクトマネージャーが「スケジュール的ににっちもさっちも」と嘆くこともあります。時間の計算も、お金の計算も、どちらも「割り切れない」困難な状況という点では同じですからね。さらに、営業の現場でも使われます。「競合他社との価格競争で、もうにっちもさっちもいかなくなった」といった具合です。ビジネス用語としては少しカジュアルですが、だからこそ親しみやすく、コミュニケーションを円滑にする効果があるのです。
興味深いのは、IT業界でも使われているという点です。システム開発の現場で「このバグ、にっちもさっちもいかないですね」なんて会話が交わされることがあります。プログラムのエラーが解決できない状況も、まさに「二進も三進も」行かない状態ですよね。考えてみれば、コンピューターは「0」と「1」の二進法で動いています。「二進」という言葉が、全く違う文脈で現代のテクノロジーとつながっているのは、なんとも不思議な縁を感じます。江戸時代の算盤から、令和のコンピューターまで、計算という営みは時代を超えて続いているのです。
日常会話での「にっちもさっちも」の使い方
ビジネスだけでなく、日常会話でも「にっちもさっちも」は活躍しています。友達との会話で「最近、仕事も恋愛もにっちもさっちもいかなくてさ〜」なんて愚痴をこぼしたことはありませんか?この言葉の便利なところは、具体的な状況を説明しなくても「どうしようもない困った状態」が伝わる点です。聞いた相手も「ああ、大変なんだな」とすぐに理解できます。言葉の持つ雰囲気やニュアンスが、長い歴史の中で磨かれてきた証拠ですね。簡潔でありながら、状況の深刻さをしっかり伝えられる優れた表現なのです。
家庭内でも使われます。「今月の家計、にっちもさっちもいかないわ」とお母さんが嘆いたり、「宿題が終わらなくて、にっちもさっちもだよ」と子供が言ったり。年齢や立場を問わず、誰もが使える便利な表現です。また、SNSでも「#にっちもさっちも」というハッシュタグで、困った状況を投稿する人がいます。江戸時代には想像もできなかったインターネットの世界でも、この言葉は生き続けているんですね。時代が変わっても、人間が困る状況というのは本質的に変わらない。だからこそ、この表現は300年以上も使われ続けているのでしょう。
ただし、使う場面には少し注意が必要です。フォーマルな場面、例えば就職面接や公式なスピーチでは、少しカジュアルすぎるかもしれません。「困難な状況に直面しております」といった表現の方が適切でしょう。でも、同僚との雑談や、親しい人との会話では、「にっちもさっちも」の方が親近感が湧きますよね。言葉には、それぞれにふさわしい場面があります。この「にっちもさっちも」は、くだけた雰囲気の中で、共感を呼ぶための表現として最適なのです。使い分けができると、より豊かなコミュニケーションが楽しめますよ。
類語や言い換え表現を知っておこう
「にっちもさっちも」と似た意味の表現は、日本語にたくさんあります。「八方塞がり」は、どの方向にも道が開けない状態を表します。「進退窮まる」は、進むことも退くこともできない状況です。「どうにもこうにも」も同じような意味で使われますね。「お手上げ」は、もう解決策がないことを示します。これらの表現を知っておくと、状況に応じて使い分けられて便利です。同じような意味でも、微妙にニュアンスが違うのが日本語の面白いところ。「にっちもさっちも」は、その中でも特に「計算が合わない」「算段がつかない」という含みがあるんですね。
方言にも面白い表現があります。関西では「えらいこっちゃ」「しゃあない」といった言い方で困った状況を表現します。東北では「まいった」「どしたもんだべ」なんて言い方もあります。沖縄では「なんくるないさ(なんとかなる)」という、少し前向きな表現もありますね。地域によって、困難に対する捉え方や表現の仕方が違うのは興味深いことです。でも「にっちもさっちも」は全国で通じる共通語。江戸の言葉が、日本中で使われるようになったのは、それだけこの表現が的確で便利だったからでしょう。
英語では「at a dead end」「at one’s wit’s end」「in a bind」といった表現があります。直訳すると「行き止まりにいる」「知恵の終わりにいる」「縛られている状態」という感じでしょうか。どの言語でも、困った状況を表現する言葉はあるものです。でも「二進も三進も」という、数学的な概念を使った表現は日本独特かもしれません。算盤という道具と、それを使いこなした江戸商人の文化があったからこそ生まれた、日本ならではの言葉なのです。外国の人に「にっちもさっちも」の語源を説明すると、とても興味を持ってくれるんですよ。

私も友達との会話で使ってたけど、まさかビジネスシーンでも使われてるとは思わなかったの!300年前の言葉が今も現役って、すごく不思議な気分なの。

本当に良い言葉は、時代が変わっても使われ続けるんじゃよ。わしが若い頃、ITエンジニアをやっておった時も、プログラムのバグでにっちもさっちもいかん時があってのぉ。江戸の商人も、現代のサラリーマンも、困る時は困るんじゃ。人間の営みは変わらんということじゃのぉ。
それでは、この言葉にまつわる面白いエピソードや、使う時のコツを見ていきましょう。
「にっちもさっちも」をもっと楽しく!雑学とエピソード集
実は「さっちもにっちも」じゃダメ?語順の秘密
ここで面白い疑問が浮かんできませんか?「にっちもさっちも」という言葉、なぜ「さっちもにっちも」ではないのでしょうか。実はこれには、日本語のリズムと音韻の法則が関係しているんです。日本語には「音の並び方の心地よさ」というものがあります。言語学では「音韻配列」と呼ばれる現象です。「にっち」の「に」は母音が「い」、「さっち」の「さ」は母音が「あ」。「い」から「あ」へと母音が変化する方が、日本語のリズムとして自然なんですね。逆に「さっちもにっちも」だと、なんだか言いにくく感じませんか?
さらに「二(に)」が「三(さん)」より小さい数字だから、という説もあります。数字を並べる時、小さい方から大きい方へという順序は自然ですよね。「一二三(いちにさん)」「二三日(にさんにち)」といった表現からも、この傾向が見て取れます。日本語には「軽い音から重い音へ」という流れがあって、「にっち」の方が「さっち」より軽く聞こえるんです。こうした言葉の音の感覚は、長い年月をかけて日本語を使ってきた人々の中で自然に磨かれてきたもの。「にっちもさっちも」という語順は、偶然ではなく、言葉の自然な法則に従っているのです。
他の慣用句でも同じような法則が見られます。「あっちこっち」は「こっちあっち」とは言いませんよね。「右往左往」も「左往右往」とは言いません。「ああだこうだ」も同様です。日本語には、このような音の並びの「お約束」がたくさんあるんです。これを知っていると、日本語の奥深さがより感じられますね。言葉というのは、単に意味を伝えるだけでなく、音の響きやリズムも大切にしているのです。「にっちもさっちも」という言葉の語順も、何百年もの間に多くの人が使い続ける中で、最も言いやすく、聞き心地の良い形に自然と落ち着いたのでしょう。
文学作品や時代劇で探す「にっちもさっちも」
「にっちもさっちも」という表現が登場する作品を探してみるのも面白いですよ。時代劇ファンなら、きっと耳にしたことがあるはずです。NHKの大河ドラマでも、江戸時代を舞台にした作品ではよく使われています。例えば商人が登場する場面で「旦那、この借金、もうにっちもさっちもいきません」といった台詞が出てきます。時代考証がしっかりした作品ほど、こうした当時の言葉遣いを大切にしているんですね。ドラマを見る時に、こうした言葉に注目してみると、また違った楽しみ方ができますよ。
落語の世界では「始末の極意」という演目が有名です。この噺では、極端な倹約家の商人が登場して、あまりに節約しすぎて「にっちもさっちもいかなくなる」というオチがついています。また「芝浜」という名作落語でも、魚屋の主人が貧乏でどうにもならない状況から物語が始まります。落語を聞く機会があったら、ぜひこの表現に耳を澄ませてみてください。落語家さんの絶妙な間の取り方と、この言葉の組み合わせは、本当に味わい深いものがあります。落語は江戸の言葉の宝庫なのです。
文学作品では、山本周五郎の時代小説によく出てきます。山本周五郎は庶民の生活を丁寧に描いた作家として知られていて、「さぶ」や「赤ひげ診療譚」などの名作があります。これらの作品には、江戸の職人や商人の暮らしがリアルに描かれていて、当時の言葉遣いも忠実に再現されています。また、池波正太郎の「鬼平犯科帳」シリーズでも、江戸の下町言葉として「にっちもさっちも」が使われています。読書好きの方は、こうした時代小説を読みながら、言葉の使われ方を楽しんでみるのもおすすめですよ。
方言バージョン?各地の「にっちもさっちも」
「にっちもさっちも」は標準語として全国で使われていますが、地域によって微妙に言い方が変わることもあります。関西では「にっちもさっちもいかへん」と語尾が変化します。これは関西弁の特徴ですね。東北では「にっちもさっちもいがねぇ」となります。九州では「にっちもさっちもいかん」となることも。言葉の本体は同じでも、語尾が方言になるんです。これは「にっちもさっちも」という表現が、全国共通語として認知されている証拠でもあります。方言と標準語が混ざり合った、面白い現象ですよね。
沖縄では、少し違った表現を使うこともあります。「ちむどんどん(胸がドキドキする)」のように独自の表現が豊かな沖縄ですが、「にっちもさっちも」も使われています。ただし、若い世代では標準語として使っている人が多いようです。北海道では、開拓時代に全国から人が集まったため、比較的標準語に近い言葉が使われています。「にっちもさっちも」もそのまま使われることが多いですね。こうして見ると、この言葉が日本全国で理解され、使われているというのは、本当にすごいことだと思いませんか?
面白いのは、年配の方ほど「にっちもさっちも」を使う頻度が高いという点です。若い世代では「詰んだ」「オワタ」といったネットスラングを使うことも多いですよね。でも、意味としては「にっちもさっちも」と同じなんです。時代によって新しい表現が生まれても、古い表現が完全に消えることはありません。それぞれの世代が、それぞれの言葉を使い分けながら、共存しているのです。おじいちゃんおばあちゃんが「にっちもさっちも」と言い、若者が「詰んだ」と言う。どちらも同じ困った状況を表現しているというのは、なんだか微笑ましいですよね。
外国人に説明するとどうなる?翻訳の難しさ
日本語を学ぶ外国人にとって、「にっちもさっちも」という表現はなかなか難しいものです。直訳すると「neither two-steps nor three-steps」となりますが、これでは意味が伝わりませんよね。算盤の「二進」「三進」から来ていると説明しても、そもそも算盤を知らない外国人には理解が難しいのです。だから英語では「at a dead end(行き止まり)」「in a bind(困った状況)」といった表現に意訳することが多いんですね。でも、これだと「にっちもさっちも」が持つ、独特のニュアンスや文化的背景が失われてしまいます。
日本語教育の現場では、このような慣用句をどう教えるかが大きな課題になっています。単に意味を教えるだけでなく、その言葉が生まれた文化的背景も伝えることが大切なんです。「にっちもさっちも」の場合、江戸時代の商業文化や算盤の歴史を説明することで、より深い理解につながります。外国人の学習者に「日本では300年以上前から算盤を使っていて、その計算用語から生まれた表現なんですよ」と説明すると、とても興味を持ってくれるんです。言葉を通じて、日本の歴史や文化を知ってもらえるのは素敵なことですよね。
逆に、外国の言葉にも日本語に訳しにくい表現がたくさんあります。英語の「It’s Greek to me(私にはギリシャ語だ=全く理解できない)」という表現や、フランス語の「C’est la vie(それが人生だ)」といった言葉は、直訳しても本当のニュアンスが伝わりません。それぞれの言語には、その国の文化や歴史が染み込んでいるのです。「にっちもさっちも」という言葉も、日本の商業文化の歴史を背負った、まさに日本らしい表現なのです。こうした言葉の文化的な側面を知ると、語学の勉強がもっと楽しくなりますよね。

外国の人に「にっちもさっちも」を説明するの、確かに難しそうなの。でも算盤の歴史から説明すれば、日本の文化も一緒に伝えられるって素敵なの!

言葉というのは文化の鏡じゃからのぉ。「にっちもさっちも」一つとっても、江戸時代の商人がどんな風に暮らしておったか、何を大切にしておったかが見えてくるんじゃ。わしは若い頃、海外のエンジニアと仕事をしたことがあるんじゃが、こういう日本独特の表現を説明するのは楽しかったのぉ。
それでは最後に、この言葉の魅力をまとめて、日常での活用法を考えてみましょう。
言葉は生きている!「にっちもさっちも」から学ぶ日本語の面白さ
会話で使ってみよう!こんな場面で活躍します
さて、ここまで「にっちもさっちも」の歴史や語源を見てきました。では実際に、どんな場面で使うと効果的なのでしょうか。まず、困った状況を軽く表現したい時に便利です。深刻すぎず、でも困っている気持ちは伝わる。そんな絶妙なバランスが「にっちもさっちも」にはあるんですね。例えば友達に「最近どう?」と聞かれた時、「いやぁ、仕事がにっちもさっちもいかなくてさ」と答えれば、深刻になりすぎずに状況を共有できます。相手も「大変だね」と共感しやすいのです。
職場でも使えます。上司に進捗を報告する時、「この案件、予算的ににっちもさっちもいきません」と言えば、困難な状況が端的に伝わります。ただし、あまりにフォーマルな場面では避けた方が無難です。取引先との重要な会議などでは「困難な状況です」といった表現の方が適切でしょう。TPO(時・場所・場合)をわきまえて使い分けることが大切です。でも、社内の気さくな会議や、同僚とのランチタイムなら、むしろ「にっちもさっちも」の方が親しみやすくていいかもしれませんね。
家庭内でも活躍します。「今月の家計、にっちもさっちもだわ」とお母さんが言えば、家族みんなで節約を考えるきっかけになります。子供が「宿題がにっちもさっちも進まない」と言えば、親も状況を理解して手助けできます。このように、カジュアルな場面で使うことで、コミュニケーションを円滑にする効果があるのです。堅苦しい表現だと、相手も身構えてしまいますよね。でも「にっちもさっちも」なら、ちょっとユーモラスで親しみやすい。そんな言葉の持つ温かみを、ぜひ日常で活用してみてください。
若い世代に伝えたい!言葉の歴史を知る楽しさ
「にっちもさっちも」という言葉を通じて、私たちは江戸時代の商人文化に触れることができました。言葉の語源を知るということは、歴史を知ることでもあるんです。普段何気なく使っている言葉にも、実は深い歴史やストーリーが隠されています。「なるほど」「さすが」「いただきます」といった日常語にも、それぞれに面白い由来があるんですよ。こうした言葉の背景を知ることで、日本語を使うのがもっと楽しくなります。そして、日本の文化や歴史への理解も深まるのです。
特に若い世代の皆さんに、言葉の歴史に興味を持ってもらえたら嬉しいです。スマホで簡単に調べ物ができる今の時代、気になった言葉があったらすぐに語源を検索してみましょう。きっと予想外の発見があるはずです。「マジで?」という今どきの言葉も、実は江戸時代の「まじ(真面目)」から来ているという説があります。新しい言葉と古い言葉は、実はつながっているんですね。言葉は時代と共に変化しますが、その根っこには長い歴史があります。それを知ることは、自分のルーツを知ることでもあるのです。
また、おじいちゃんやおばあちゃんと話す時、こうした言葉の話題を出してみるのもおすすめです。「にっちもさっちもって、算盤の言葉だったんだって」と話しかければ、きっと面白いエピソードを聞かせてくれるはずです。世代を超えたコミュニケーションのきっかけにもなりますよ。昔の人の知恵や経験は、本当に貴重な財産です。言葉を通じて、そうした知恵を受け継いでいくことができるんですね。デジタルネイティブの世代だからこそ、アナログな言葉の温かみを大切にしてほしいと思います。
これからも生き続ける「にっちもさっちも」
「にっちもさっちも」という言葉は、これからも使われ続けていくでしょう。なぜなら、人間が困る状況というのは、時代が変わっても本質的には変わらないからです。江戸時代の商人が算盤の前で頭を抱えていたように、現代のビジネスマンもパソコンの前で同じように悩みます。学生も、主婦も、お年寄りも、それぞれの立場で「にっちもさっちも」な状況に直面します。そんな時、この言葉があれば、ちょっと気持ちが楽になるかもしれません。「ああ、江戸時代の人も同じように困ってたんだな」と思えば、なんだか心強い気がしませんか?
言葉には不思議な力があります。困った状況を言葉にすることで、少し客観的に見られるようになります。「にっちもさっちもいかない」と口に出すことで、「じゃあどうしたらいいか」と前向きに考えるきっかけにもなるのです。江戸の商人たちも、「にっちもさっちも」と言いながら、知恵を絞って困難を乗り越えてきました。言葉は単なるコミュニケーションの道具ではなく、困難に立ち向かうための武器でもあるんですね。私たちも先人たちに倣って、この言葉を使いながら、様々な困難を乗り越えていけるはずです。
そして、この言葉を次の世代にも伝えていってほしいのです。子供たちに「にっちもさっちもってね、昔の算盤から来てる言葉なんだよ」と教えてあげてください。言葉の歴史を語り継ぐことで、日本の文化も継承されていきます。デジタル化が進む時代だからこそ、こうしたアナログな言葉の温かみを大切にしたいですね。100年後、200年後の日本人も「にっちもさっちも」という言葉を使っているでしょうか。もしそうなら、それは私たちが今、この言葉を大切に使い続けているからなのです。言葉を通じて、時代を超えたバトンタッチができるなんて、素敵だと思いませんか?

おじいちゃん、「にっちもさっちも」のこと、すごくよくわかったの!明日から友達にも教えてあげるの。何気なく使ってる言葉に、こんなに深い歴史があったなんて感動したの!

それは嬉しいのぉ、やよい。言葉の歴史を知ると、日本語を使うのがもっと楽しくなるじゃろう?江戸時代の商人から現代のわしらまで、同じ言葉でつながっておるんじゃ。これからも色んな言葉の語源を調べてみるといいぞい。日本の歴史と文化の宝物が、言葉の中にはたくさん隠れておるんじゃからのぉ。
まとめ:「にっちもさっちも」に込められた日本人の知恵
さて、ここまで「にっちもさっちも」という言葉の旅をしてきました。江戸時代の算盤用語「二進」「三進」から生まれたこの表現は、300年以上の時を経て、今も私たちの生活の中で活躍しています。単なる慣用句ではなく、日本の商業文化の歴史が詰まった言葉だったんですね。語源を知ることで、この言葉がぐっと身近に感じられたのではないでしょうか。
言葉は生き物です。時代と共に姿を変え、使われ方も変化していきます。でも、本当に必要な言葉は決して消えません。「にっちもさっちも」が今も使われているのは、困難な状況を表現するのに、これほどピッタリの言葉がないからでしょう。江戸の商人も、現代のサラリーマンも、学生も主婦も、誰もが「にっちもさっちも」な場面に出会います。そんな時、この言葉があれば、少しだけ気持ちが楽になるかもしれません。



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